悩んだ時はまずひとりで悩むこと

「人間関係は大切」
「人はひとりで生きているわけじゃない」
「悩みはひとりで抱え込まずに相談してよ」

 こういったアドバイスを受けて悩みや問題が解決する場合も多いでしょう。それだけ世の中でさも正しいことのように言われ続ける言葉たちです。

 でも本当にそれで解決している人ばかりですか?

 余計に問題が悪化したことはありませんか?

 もしあなたが、これらの言葉が正しいと信じて実践していたりするのに、あるいは正しいと思ってもなかなか実践できないことに対して悩んでいるのだとしたら、それはあなたにとっては、これらの考えは正しくないのだと一度疑ってみてはいかがでしょう。

 人はみんな悩みを抱えているとか、あなたはひとりじゃないとか、困ったときはお互い助け合おうとか。そんな一見常識的な考えを捨てることで楽になれる場合もある。そんな話をしようと思います。

 辛いのはみんなではありません。あなたが辛いのです。悩んでいるのはあなただけで、あなただけがあなたの悩みを解決できるのです。

すべての悩みは対人関係であるの対処法を間違わない

 人間関係は大事で、人はひとりで生きているわけじゃないというのはなるほど確かにその通りかもしれません。アドラー心理学や仏教でさえ、すべての悩みは対人関係に起因すると言います。

 社会の中で生きている以上、確かにそれは的を射ているものだと思います。

 でもその悩みを解決するために、一人で抱え込まずに誰かに相談しようとか、そのためにも人との交流を大切にして、みんなで助け合おうといった方法を取る場合がうまく行かないこともあります。

 そもそも他人に相談して解決するような悩みであれば、そもそも大したことがない悩みか、自分で答えが出ているものだと思います。

 でもそれで解決するような悩みではなかったり、そういう方法を取れないこと自体が悩みになっている場合、いきなり他人に相談するということをしても上手く行かないのです。

「学校や仕事、遊びやSNSで常に人と繋がるこの社会自体に疲れている」
「そもそも悩みを相談できるような人間関係がないことが悩みである」
「勇気を出して相談したのに、好き勝手言われただけで何も解決しなかった」

 こういった悩みの場合、他人に悩みを相談するという解決方法はそもそも向かないのではないでしょうか。

 ではどうすればいいのか、これらの悩みを含めて、すべての悩みが人間関係に起因するのであれば、それを少しでも遠ざけることです。

 例えば病気になったとして、合わない薬を飲み続けてたらどうなるでしょうか? 症状が改善するどころか、副作用などでさらに状態が悪くなってしまうかもしれません。

 薬に頼らず、病気の原因を遠ざけるように静かな場所で療養する。自己治癒能力を高めて悪いものを輩出するといった方法も立派な治療です。

 これを人間関係の悩みに当てはめてみたら簡単なことです。人間関係が原因なら、人間関係からまず遠ざかるしかありません。

 不要な予定はキャンセルし、SNSを使う時間を減らし、可能な限りひとりになることです。そして誰にも相談せず、その悩みにひとりで向き合う時間を作りましょう。

軽い気持ちで飲み会に行ったら後悔した話

 かく言う僕も、つい先日失敗をしました。

 ひとりで生きていけるかと考えながらも、どこかにまだ常識的な考えがあったのでしょう。あまりに人と会わずに引きこもっているような生活を続けているのが、ちょっと客観的に寂しく、いろいろまずいのかな。と思ってしまい、たまたま珍しく誘われたあるネットコミュニティの飲み会に、つい先週の金曜日参加してきたのです。

 メンバーは僕のほかに、40代以上のおじさんたち3人、という集まりだったのがよくなかったですかね。一応みなさん、何度かお会いして話せる仲ではあったのですが。こういう場合の男同士の集まりと言うのは本当に要注意ですね。

 とにかくその場で発言力のある人が、経験値でマウントを取ってこようとするのです。

 僕が彼女と別れたという話をしてみると、もうそれ以上の仔細は聞かずに、とにかく最初に挙げた「人間関係は大切」といった常識に基づく持論をただただ展開してくるのです。

 僕としては自分の話を少しでも聞いてもらえたらそれでよかったのですが、話す隙を与えてはくれません。

 しまいには、婚活パーティーに積極的に参加してみた話や、人生で結婚は一度はしておいた方がいいというような話、そこから転じて親への恩返しやら、他人への感謝、共通の知人に対する愚痴から、下ネタに至るまでが、すべてテンプレートな会話過ぎてうんざりしてしまいました。

 もうひとつ僕がした話として、ひとりで文蔵焼きを食べに行ったことを話してしまったんですよね。

 その集まりでは、チェーン居酒屋の鍛冶屋文蔵を使うことが多く、そこの名物である鶏もも肉を柔らかくスパイシーに焼き上げた文蔵焼きがみんな割と好きで、僕もそのメニュー自体は好きで、独り占めしたかったので、自宅近くの店舗に一人飲みに行くことがたまにあったんですよ。

 それを普通に話したら何かドン引きされましてね(笑)

「俺はこういう居酒屋にひとりで来れないわ」
「食べたくなったら俺たち誘っていいんだぞ」

 とまあ口々に寂しい人扱いをされ始めました。ってか、あんたら40過ぎにもなって、僕よりいろんな経験してるくせに、そんなこともできないのかと逆にあきれてしまいました。

 僕なんか、居酒屋も焼肉も回転寿司も基本はひとりですし、まあ最初は抵抗ありましたけど、時間帯や座席を間違わなければ、案外居心地がよく、純粋に好きなものを飲み食いできるのでむしろひとりで行きたいくらいなのですが……。

 とにかく考えがこれっぽっちも噛み合わないのです。しかも彼らはそうは思っていないところが余計たちが悪くて、最後には我慢できずに、「僕はそうは思いません」と言って微妙な空気にしたうえ、変に飲み過ぎてしまったので本当に具合が悪くなり、駅まで行かずに別れて金曜日の終電近くなんて乗りたくなかったので、5000円くらいかかるタクシーに乗って帰りました。

 飲み代も併せて10000円以上使って嫌な思いをして帰ってきたので、本当にこれって無駄な時間だなと思ってしまいました。

 唯一の収穫としては、やっぱり自分が本気で参加したいと思ってない集まりに参加すると結局いいことは無い。ということがきちんと分かったので、次回失敗しないだけです。

 忘年会も誘われていて、一度はOKしてしまったのですが、今度は行かないようにします。

ひとり悩むことが寂しいという固定観念を捨てる

 話を戻しますと、本当に悩んでいる最中に、他人に助けを求めても良いことはそんなにないと思うので、まずはひとりで悩みぬきましょうということです。

 ひとりで悩んでいるのが辛い、相談できる人がいなくて辛い、寂しいと思うのは、それが寂しいことであるという固定観念にとらわれているからです。

 本当に寂しくて辛いのは、集団の中にいるのにひとりで悩んでいることなのです。

 特にフェイスブックやインスタグラムといった実名のSNSでは明るい話題がほとんどでしょう。学校でも職場でもバリバリ元気でやってる人は悩みなど無いように見えるでしょう。あるいは、それでもみんな悩みを抱えながら頑張ってるんだから、自分ももっと頑張らなきゃいけないのに、どうして自分は頑張れないのだろう、などと余計に落ち込んでしまってないでしょうか?

 もしそうなっていたら、人間関係がむしろ悩みを増長させてしまっています。

 他人との比較によって自分の悩みをとらえてしまい、自分の本当の悩みを見失っているのです。

 あなたの悩みがを本当に理解できるのはあなただけです。人は誰しも悩みを抱えてるんだよ、あなただけじゃないしひとりじゃないんだよ、という言葉に惑わされてはいけません。

 あなたは徹底的にひとりなのです。

 確かに社会生活を送るうえでは、ひとりでは生きていけないかもしれません。けれど精神的な意味では、他人の心は決して覗くことが出来ないように、誰もが相手の精神を本当に理解することはできません。

 本当はひとりなのに、表面的な部分だけを見て勝手に理解した気になって、ひとりじゃないと思い込んでいるに過ぎないのです。

 それで大丈夫な人は大丈夫なのでしょう。でももしここまで読んでいただけてるのなら、あなたは本当は大丈夫ではないはずです。

 でも何度も言いますが、あなたは徹底的にひとりなのです。

 でもよく考えてください。あなたの悩みはあなただけの大切なものじゃないですか?

 あなた以外に誰が、本当に悩みのすべてを理解することができますか?

 そんな人は実はこの世のどこにもいないのです。大抵の人間関係は寂しさを疑似的に埋める表面上のものでしかありません。あなたの悩みを本当に解決できるのはあなたしかいません。

 だからそのためにも、まずは人間関係を極力切り離すことをしてみませんか?

 確かに人はひとりでは生きていけないかもしれません。でもなるべくひとりになる時間を増やすような努力はできるはずです。

 スマホに触れる時間を最小限にする。コミュニケーションは最低限生活に必要な最小限のものにする。断れる集まりはすべて断る。ニュースや新聞からの情報をシャットアウトしても良いかもしれません。

 そこまでして、悩みを増長させる原因である、表面上の人間関係をシャットアウトして、とにかく自分ひとりで悩みぬくことが必要です。

 そして、もしそれに疲れたな。と思ったら。ひとりで負担にならない行動を取るのも良いかと思います。映画を観たり、小説を読んだり、好きなものを食べたり、散歩に出てみたり。負担にならない程度に、できれば新しいチャレンジは避けて、自分が安心できると思える行動がよいでしょう。

 人間関係を極力避けて、ひとりの時間を増やすことで、何かしら悩みの解決の糸口が見つかったり、あるいは自分が本当にやりたいことや好きなものが見つかるかもしれません。それはやはり、あなた自身にしかわからないものなのだと思います。

自分のことがわかるようになってから適切な人間関係を取り戻せばよい

 表面的な人間関係を極力断つことのメリットは、何と言っても自分の悩みの本質が分かりやすくなり、その分解決への労力も減ることでしょう。もしくは人間関係を断つだけで悩みが解消される場合もあります。

 そして自分自身でこれなら自分が楽になれる。この決断なら自分が納得できる。という答えが見つかってから、初めて誰かに相談すればよいのです。

 相談するというより、自分の考えを確かめるために話す。という感じでしょうか。後押しをしてもらうためのものであるのが良いです。

 そのころには誰に相談すればよいか分かるようになるでしょうし、それでも相談する人がいない場合は、お金を払ってでも傾聴のできるプロのカウンセラーに頼むべきでしょう。

 もしくは、僕のようにブログなどを使って、一方的に発信をしてみるということでしょうか。僕は今この段階にいます。なのでこういった記事を書いています。

 一度自分の軸になるような考え方が確立出来たら、きっとそこから適切な人間関係がまた築けるようになると思っています。引き寄せの法則をちゃんと理解して信じているわけではありませんが、自分と似たような考え方を持った人と巡り合う確率は高くなるでしょう。

「同じ」ではありません「似たような」がポイントですかね。

 同じ考え方と言うのはこの世になくて、あくまで自分は自分、あなたはあなた、ということを理解できればきっと適切な人間関係というものが自然とできていくのだと思っています。

 そのひとつの証拠としてはなんですが、僕がこういった考えに至ったところで偶然「似たような」考え方が書かれた本に出合いました。

下重暁子 幻冬舎 2018年03月
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 こちらの、著:下重暁子『極上の孤独』(幻冬舎新書)という本です。

 実は1年以上前に、何となくタイトルに惹かれて買ってみてはいたものの、読まずに積読になっていた本なのですが、何かふと思い出して引っ張り出して読んでみたら、似たような考えに基づいて書かれていたので、ああ、この本は今この時期に読むために眠っていたのだな。僕の思いが引き寄せたのだな。と感じました。

 著者の下重さんは、元NHKのアナウンサーで、競輪の振興会の会長という肩書を持つバリバリエリートなキャリアを持つ女性なので、もちろんうだつが上がらない30代の僕とは背景が違います。

 でもそんな人でも、僕と似たような考え方を持っていて、孤独であることは決してさびしいことではなく、むしろ素晴らしいことだと言っていることが少し嬉しかったですね。

 決して同じではないですが、こうした似たような考え方を持つ人と、適度な距離感で関われるくらいが、きっと適切な人間関係というものなのだと思います。

まとめ

 あなたの悩みをどう解決したらよいかは、僕にはわかりません。でもあなたが悩みを解決しやすくなる方法は分かっているつもりです。

 それが極力表面的な人間関係から距離を取って、ひとりで悩みぬくという時間、孤独な時間を作っていくことです。そしてそれをさびしいと思う固定観念を捨てて、自分で自分を好きになることです。

 あなたは徹底的にひとりで、孤独なのです。

 それは、人間の本質であり、むしろその点においては本当は誰もが「同じ」はずなのです。

 でもそれを見て見ぬふりして、その本質に気づかず過ごしている人もいます。そういう人の固定観念に振り回されず、ひとりで悩み、孤独を味わい、それを知ることができたら、きっと何かが変わるはずです。

「ボッチ最高!」って言えるのは素晴らしいことなんです。

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